中央労働委員会に対する要望書
2025/4/16
中央労働委員会に対する要望書
2025(令和7)年4月9日
中央労働委員会
会長 荒木 尚志 殿
日本労働弁護団
会長 井上幸夫
日本労働弁護団では、Web会議の方式により、2024(令和6)年1月19日以降計4回の会議を行い、全国で不当労働行為救済申立事件を担当している弁護士が参加し、各担当事件の内容について情報交換し、実務運用上の様々な問題について意見交換を重ねてきました。この中で、中央労働委員会(以下、「中労委」といいます。)における様々な問題、例えば、審理の長期化、和解成立見込みが乏しい状況での和解勧試、不意打ち的判断、救済方法と内容の初審命令水準からの希薄化、及び、緊急命令申立手続に関する対応等々の具体的問題に関して多くの意見が出されました。
日本労働弁護団は、これらの意見をふまえ、個別事件の問題ではなく、中労委の実務運用全般に共通する事項であり、かつ、不当労働行為救済制度の目的である団結権・団体交渉権・団体行動権の擁護及び正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保に照らし、中労委において今後の実務運用上の改善が図られるべきであると思料する事項について、以下のとおり要望を取りまとめて提出いたします。
1 調査・審問の手続
(1) 審理期間
ア 要望の趣旨
和解成立により終結する事件、及び、命令が発出される事件のいずれに関しても、審理期間が次の期間となるよう必要な措置を講ずるよう要望します。
① 法7条1号違反又は3号違反に該当する事実の有無が争点である事件について
1年3か月以内
② 法7条2号違反に該当する事実の有無のみが争点であり、法7条1号違反又は3号違反に該当する事実の有無については争点となっていない事件について
6か月以内
イ 要望の理由
(ア) 遅れた救済は救済の拒絶と同義です。
(イ) 労組法27条の18に基づき中労委が定める審理期間の目標(1年3か月)は、和解成立により終結する事件だけに適用される目標ではなく、命令が発出される事件についても適用される目標です。
(ウ) 労組法7条2号違反の有無のみが争点となっている事件については他の事件よりも短い期間で審理がなされる必要があります。このため、中労委は、労委規則を改正して、41条の2第5項を追加し、労組法7条2号に係る団交拒否事件については、通常の事件とは異なる簡易な調査方法を採ることができることとし、さらに、労委規則に上記条項が追加されたときには、審理期間を短縮すべく特別な努力を払う実務運用を行うこととしました。この基本的考え方を再確認する必要があります。
(2) 第1回期日の指定
ア 要望の趣旨
労働委員会規則に次の条項を追加することを要望します。
(ア) 「第五章 不当労働行為」「第二節 初審の手続」「第三款 調査の手続」を改正し、次の条項を追加すること。
「 委員会は、不当労働行為救済申立がなされ、調査を開始することとし、当事者に出頭を求める期日を指定するときには、特別な事情がある場合を除き、申立がなされた日から40日以内の日に第1回目の期日を指定しなければならない。」
「 委員会は、第1回目の期日を指定する際に、被申立人が答弁書を提出することとする場合における答弁書の提出期限として、第1回の期日より10日前の日を指定しなければならない。」
(イ) 「第五章 不当労働行為」「第三節 再審査の手続」の第56条(その他の手続)
を改正し、中労委の再審査手続に関して、前掲(ア)の条項の読み替えを行ってこれ
を適用する旨の条項を加えること。
イ 要望の理由
(ア) 中労委における審理期間が長期化している要因の一つとして、再審査申立がなされ、調査を開始することとした場合において、第1回期日が開かれる時期が遅く、少なからぬ事案で再審査申立から3か月程度経過した日であることがあります。都道府県労働委員会においても同様の問題があります。
その原因の一つとして、労働組合法及び労働委員会規則の中に、第1回期日を開く時期について定めがなく、被申立人が第1回期日を早期に開くことに必ずしも協力的ではないことがあります。また、答弁書の提出時期についても「申立書の写しが送付された日から原則として三十日以内」(労働委員会規則第41条の2第2項)と定められておりますが、遵守されていません。
(イ) これに対し、労働審判手続においては、労働審判規則により「労働審判官は、特別の事由がある場合を除き、労働審判手続の申立てがなされた日から40日以内の日に労働審判手続の第1回の期日を指定しなければならない。」(13条)と定められ、同規則を踏まえた運用がなされています。また、答弁書の提出期限についても、労働審判規則により「(第1回の期日)までに準備をするのに相当な期間をおいたもの」(14条1項)と定められ、実務運用上、第1回期日の7~10日前の日が提出期限とされております。
(ウ) つきましては、不当労働行為救済申立事件の初審と再審査の各手続のうち、調査期日・審問期日の設定につきましても、上記労働審判規則と同様の条項を新設し、これを遵守する運用を行うよう要望します。
(3) 釈明権の適切な行使
ア 要望の趣旨
中労委の審査委員において、労働組合が初審で救済命令を得ているが、労働組合側の主張立証が十分尽くされておらず、初審の救済命令の維持が困難となる可能性があると判断する場合においては、主張立証が不十分な事項について釈明権を適切に行使することにより、主張立証の補充をなす機会を付与し、もって、当事者にとって不意打ちの判断がなされないようにすることを、要望します。
イ 要望の理由
(ア) 不当労働行為救済制度は、団結権・団体交渉権・団体行動権の擁護及び正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保を目的とする制度であり、この目的に沿った審査指揮がなされる必要があります。
(イ) 中労委が初審命令の全部又は一部を取り消す場合、命令中で説得力ある説明をなす必要があるのと同時に、命令に至る手続に関しても透明性・納得性を確保する必要があり、労働組合に『不意打ち』をされたと思わせる審査指揮は避けるべきであると思料します。
(ウ) 労働組合に『不意打ち』をされたと思わせることを回避するためには、中労委の審査過程で、審査委員は、労働組合側の主張立証が十分尽くされておらず、初審の救済命令の維持が困難となる可能性があると判断する場合において、主張立証が不十分な事項について釈明権を適切に行使し、主張立証の補充をなす機会を付与する必要があると思料します。
2 和解協議の進め方
(1) 初審で救済命令が発せられており、労働組合が再審査申立をしていない場合
ア 要望の趣旨
(ア) 審査委員においては、和解勧試を行うのに先立って、次の①から③の手順を踏むよう要望します。
① 予め、労使の各参与委員と和解勧試を行うことについて協議すること
② 労使の各参与委員を通じて、労使双方に対し、和解による解決の希望の有無、及び、和解による解決を希望する場合の和解内容について、事情聴取をすること。
③ 上記事情聴取の結果を総合し、和解成立による解決の見込みの有無について、判断すること。
(イ) 次の①又は②のいずれかに該当する場合は、和解協議を続行させるべき特段の事情がない限り、和解協議を打ち切るよう要望します。
① 使用者の代表者又は人事労務管理の責任者が、和解協議の期日前に、使用者委員である参与委員との打合せを行わない場合
② 使用者の代表者又は人事労務管理の責任者が、和解協議の期日に自ら出席しない場合
(ウ) 審査委員が作成する和解案の内容に関して、次の①から④のとおり要望します。
① 予め当事者双方の和解に関する意向及び希望する和解内容を確認した後に、この当事者の希望を踏まえて作成されたものであること
② 初審命令の主文に記載された救済方法と内容を希薄化させる修正・変更をなすべき特段の事情が認められない限り、使用者が、これらの救済方法と内容の全部を履行することによって、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保を図る内容の和解案であること
③ 初審命令の主文に記載されている救済方法と内容だけでは、団結権・団体交渉権・団体行動権の擁護及び正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保を図るのに不十分である場合には、必要な救済方法と内容を付加した和解案であること
④ 初審命令の主文に記載された救済方法と内容を修正・変更し希薄化させる内容の和解案の作成は、労働組合側が紛争の早期解決のためにこれを希望している等の特段の事情がある場合を除き、行わないこと
イ 要望の理由
(ア) 和解手続の進め方に関して、裁判所における和解手続の場合には、裁判官は、特段の事情がない限り、当事者から和解に関する意向や和解内容に関する希望等を聴取した上で、和解案の内容を当事者に示すという手順を踏むのが通例です。裁判官が、当事者から和解に関する意向や和解内容に関する希望等を聴取することなく、いきなり当事者に和解案を示すことは、通常はありません。これらを省略するやり方では、裁判官は当事者の信頼を得ることができず、和解案についての納得も得られず、和解不成立の結果を招来するからです。
しかしながら、中労委においては、過去にも、また、最近においても、審査委員が、当事者から和解に関する意向や和解内容に関する希望等を聴取することなく、いきなり和解案の文書を作成し交付した例が少なからず生じています。このようなやり方では、和解不成立の結果を招来することは必定です。
(→要望事項(ア)①②、(イ)①、(ウ)①)
(イ) 永年にわたり多数の不当労働行為救済申立事件を取り扱った経験を有するベテランの労働者委員経験者(複数)は、労働委員会で和解が成立した事案には次の四点の共通点があり、これらの四点が揃わない事案については和解成立が困難であると指摘しています。
① 労使双方の参与委員がいずれも積極的に両当事者に様々な働きかけを行った結果として和解が成立していること
② 使用者の代表者又は人事労務管理責任者が、使用者委員である参与委員と密接に連携していること
③ 使用者側の代理人弁護士が、再審査手続の課程で、和解による解決を図ることにより正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保を図るべきであると判断した場合には、使用者の代表者又は人事労務管理責任者を説得するための方策として、使用者の代表者又は人事労務管理責任者に対して、中労委に自ら出頭して、審査委員の判断・助言等を自ら聴取して判断をなすよう勧めるのが通例であること
④ 使用者の代表者又は人事労務管理責任者が、労使関係の正常化を図るという決断をしていること
これらの指摘は、不当労働行為救済申立事件に関与したことのある労働弁護士の経験とも完全に符合しています。
(→要望事項(ア)①②③、(イ)①②)
(ウ) 集団的労使紛争は、できるだけ早期に和解による解決が図られることが望ましいことは言うまでもありません。ですが、単に早く事件が終わればよいというものではなく、解決内容が将来に向けて正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保に資するものでなければなりません。早期に和解による解決を図ることのみを優先し、不当労働行為救済制度の目的である団結権・団体交渉権・団体行動権の擁護及び正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保を妨げるような内容の和解を成立させることは、制度の目的や趣旨から逸脱するものです。
したがいまして、中労委における審査の結果、初審命令が認定した不当労働行為に該当する事実の存在について認定判断の変更の必要がない場合、中労委で成立させるべき和解の内容は、原則として、初審命令の主文に記載された救済方法と内容を維持し、さらに、救済方法として付加すべき事項があればこれを追加して、これらを使用者が履行することによって正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保を図る内容でなければならないと思料します。
(→要望事項(ウ)②③)
また、初審命令の主文に記載されている救済方法と内容を希薄化させる和解案の作成は、労働組合側が紛争の早期解決のためにこれを希望している等の特段の事情がある場合を除き、行われるべきではないと思料します。
(→要望事項(ウ)④)
(2) 既に別件で不当労働行為救済命令を受けている使用者が再審査申立をしている場
ア 要望の趣旨
再審査申立を行った使用者に対し、過去に別件で不当労働行為救済命令が既になされており、使用者が不当労働行為を反復している場合、使用者の代表者又は人事労務管理責任者が、自ら正常な労使関係を形成するために和解による解決を求めている等の特段の事情がある場合でなければ、和解勧試をしない扱いをなすよう要望します。
イ 要望の理由
使用者が不当労働行為を反復している事実、及び、使用者の代表者又は人事労務管理責任者が自ら正常な労使関係を形成するために和解による解決を求めようとはしていない事実は、中労委における和解成立の可能性の不存在を裏付けるものです。この場合において、労働組合の側が敢えて譲歩して和解成立の可能性の模索する希望を表明する等の特段の事情がないかぎり、和解を試みることは、時間の空費であって、救済の遅延を招来するものというほかありません。
(3) 初審命令で申立の全部又は重要な部分が棄却され、労働組合が再審査申立をしている場合
ア 要望の趣旨
(ア) 審査委員においては、労働組合側が行う初審命令の事実認定及び判断に関する不服の主張立証の内容を十分に検討した上で、その心証形成の結果に基づき、和解勧試を行うか否かの判断をなすよう要望します。
(イ) 審査委員においては、初審命令が維持される可能性が高いとの判断に至った場合には、その旨を労働組合側に伝達した上で、労働組合側に対し、労使関係の正常化のために和解勧試を行うことを希望するのか、それとも、中労委が命令を発することを希望するのかについて、判断を求めるよう要望します。
イ 要望の理由
(ア) 労働組合側において、労働組合が求めている救済内容に準ずる内容の和解が成立する見込みがないと判断し、かつ、労働組合側が中労委に対し再審査申立に関する判断を求めている場合には、中労委は、成立見込みのない和解を試みることにより時間を空費することなく、速やかに命令を発するよう求めます。
(イ) 行政手続法33条は、「申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、申請者が当該行政指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず当該行政指導を継続すること等により当該申請者の権利の行使を妨げるようなことをしてはならない。」と規定しています。この規定は、行政指導に関する規定であり、労働委員会が行う和解勧試に適用されるものではありません。ですが、労働委員会が行う和解勧試は「申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導」に類似する性質のものですので、当事者が和解に応じる意思を有していない旨を表明したときには、再審査を求める当事者の意向を尊重すべきものと思料致します。
3 障がいをもつ当事者本人・証人に対する配慮
(1) 要望の趣旨
ア 障がいをもつ当事者本人、証人、又は、傍聴者等から社会的障壁の除去のための配慮を求められたときには、その実施に伴う負担が過重でない限り、必要かつ合理的な配慮をなすことを、要望します。
イ 特に、上記申出を行った者が当事者本人又は証人であり、これらの者が社会的障壁の除去のために必要な機材であって映像・音声等の情報を蓄積する性能を有する物の使用許諾を求めた場合には、特段の事情がない限り、次の①から④の条件を付して許諾することを要望致します。また、かかる許諾をなすべきことについて、各都道府県労働委員会に周知することを要望致します。
① 当該機材により蓄積される映像・音声等の情報を利用することができる者について、当該申請人に限定すること。
② 当該申請人が当該機材により映像・音声等の情報を利用する目的について、不当労働行為審査手続における当該申請人の社会的障壁の除去に限定すること。
③ 当該機材に蓄積された映像・音声等の情報の利用方法について、当該申請人が、当該機材に蓄積された映像・音声等の情報の内容を自ら確認し認識した上で、当該申請人が確認・認識した内容を当該申請人本人が自ら行う表現方法を媒介として第三者に伝達することはできるが、当該映像・音声等の情報それ自体を当該申請人以外の者に利用させたり当該申請人以外の者が利用できる状態に置いたりすることはできないこと。
④ 前掲①から③のいずれかに違反する行為があったときには、直ちに許諾を取り消し、かつ、蓄積された映像・音声等の情報の消去その他の必要な措置を命ずることがあること。
(2) 要望の理由
ア 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」7条2項の原則を確認する必要があります。
他方で、現在の労働委員会の実務運用において、事件の当事者本人、証人、及び傍聴人等に対して、審査手続に関する映像・音声等の情報を蓄積する性能を有する機材の使用を禁止していることとの整合性を図る必要があります。
イ 傍聴人の扱いについては、今後、更なる検討が必要ですが、当面、少なくとも、障がいをもつ当事者本人と証人に関して、社会的障壁の除去のために必要な機材であって映像・音声等の情報を蓄積する性能を有する物を使用する必要がある場合には、当該蓄積情報を利用することができる者、当該蓄積情報の利用目的、及び、当該情報の利用方法を限定した上で、これを許可するのが相当であると思料します。
4 命令内容
(1) 要望の趣旨
中労委において、7条各号違反に該当する事実の有無とその具体的内容について初審命令の認定判断と同一内容の認定判断をなす場合においては、その救済方法に関して、初審命令が定めた救済の方法・内容を維持するか、さらに、必要な事項を付加する必要がある場合にはこれを付加することを原則とし、初審命令が定めた救済の方法・内容が初審の労働委員会に付与されている裁量権から逸脱している等の合理的理由がない限り、初審命令が定めた救済の方法・内容を希薄化させる変更・修正をしないよう要望します。
(2) 要望の理由
ア 労働委員会は、救済方法と内容について広範な裁量権を有していますが、その裁量権は自由裁量ではなく、不当労働行為救済制度の目的である団結権・団体交渉権・団体行動権の擁護及び正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保のために必要なものでなければならず、この目的達成のために必要な水準に達しない救済方法と内容の命令を発した場合には、当該命令は『過小救済』に該当し、労働組合から取消訴訟を提起することが可能であると解されます。
イ また、中労委は、再審査手続において、初審命令が定めた救済の方法・内容が労働委員会に付与されている裁量権から逸脱しているか否かを審査し、逸脱がある場合にはこれを是正する権限、及び、初審命令が定めた救済の方法・内容が不当労働行為救済制度の目的に照らし必要な水準に達しているか否かを審査し、必要な水準に達していない違法がある場合にはこれを補充して是正する権限を有しています。
しかしながら、初審命令が定めた救済の方法・内容が労働委員会に付与されている裁量権から逸脱していない場合において、中労委が、初審命令が定めた救済の方法・内容を希薄化させる修正・変更権限を有するかについては、疑問があります。なぜなら、初審命令が定めた救済の方法と内容について、労働委員会に付与されている裁量からの逸脱があると認められないにもかかわらず、初審命令が定めた救済の内容と方法を再審査命令において希薄化させ、これにより、使用者が正常な集団的労使関係秩序の回復・確保のためになすべき措置の方法と内容を軽減させることは、不当労働行為救済制度の目的である団結権・団体交渉権・団体行動権の擁護及び正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復・確保という労働委員会制度の目的から逸脱するものとの評価を免れ得ないからです。
ウ しかるに、中労委の命令の中には、初審命令が定めた救済の方法・内容が初審の労働委員会に付与されている裁量権から逸脱している等の合理的理由を示すことなく、初審命令が定めた救済の方法・内容を希薄化させた命令を発しているものが少なからずあります。かかる中労委命令については、中労委の再審査権限の範囲を逸脱した『過小救済』に該当する可能性があり、これを不服とする労働組合はその取消を求める行政訴訟の提起が可能な場合もあり得ると思料します。
5 緊急命令申立
(1) 要望の趣旨
ア 使用者側から行訴提起がなされた場合、直ちに、労働組合に対し、申立が不要であるか否かについて質問を発して回答を求め、申立を不要とする回答がない限りは、速やかに緊急命令申立をなすよう要望します。
イ 中労委においては、総ての緊急命令申立事件について、裁判所に対し、「中労委の命令中に重大かつ明白な過誤があると認められるのでない限り、その取消を求める行政訴訟の審理の経過を待つことなく、速やかに、緊急命令を発することを求める。」旨の主張をなすよう要望します。
(2) 要望の理由
ア 労働委員会の救済命令は、公定力を有する行政処分であり、使用者は行政訴訟を提起している場合であっても、行政訴訟で処分取消がなされるまでは、これを履行する義務を負います。この義務を履行させるための手続が緊急命令手続です。
このため、1970年代前半までの時期においては、受訴裁判所は、労働委員会命令に重大かつ明白な過誤があると認められない限り、行政訴訟が提起された後に速やかに緊急命令を発するのが通例でした。
イ ところが、中労委(吉野石膏<緊急命令申立>)事件・東京地決昭54・2・1労判313号27頁は、中労委が初審の東京労委命令に付加した事実認定の中に初歩的かつ致命的な誤り(差別を受けた者の人数比等)があったことを理由に、行訴判決言渡日と同じ日に、緊急命令申立を棄却する決定を行いました。
これを契機として、東京地裁は、緊急命令申立があれば早期に緊急命令を発していたそれまでの運用を変更し、労働委員会の救済命令に瑕疵がないか、また、緊急命令を発する必要性があるか否かについて、救済命令の隅々まで入念に検討し、労働委員会命令に瑕疵がなくこれを維持する旨の確定的な判断がなされ、また、緊急命令を発する必要性の確認がなされた後に、行政訴訟の判決言渡日か又はこれに近接した日に緊急命令を発する運用を開始しました。
これにより、使用者は、行訴判決が言い渡され緊急命令が発せられるまでは、労働委員会が発した救済命令の履行をせず、紛争解決を引き延ばし、その間に労働組合の弱体化を図り、また、正常な集団的労使関係の回復・確保を困難とする状況を作出し、もって、労働委員会が発した救済命令の実効性が著しく損なわれるという看過し得ない事態を生じさせています。
緊急命令制度を巡るかかる不正常な状態は速やかに是正される必要があり、そのためには緊急命令に関する実務運用を1970年代前半までのやり方に戻す必要があります。
ウ 緊急命令制度の実務運用に大きな変化が生じた原因の一つは、中労委の事実認定に弱点があり、これが口実として利用されたことです。しかしながら、今日においては、命令中に認定判断の根拠となった証拠を摘示するようになり、また、事務局内に裁判官出身者である事務局特別専門官2名が配置されていること等により、中労委の事実認定に関し吉野石膏事件のような問題はほぼ解消しています。
エ よって、中労委は、裁判所に対し、緊急命令制度の運用に関して、本来の姿に戻し、命令中に重大かつ明白な過誤があると認められるのでない限り、行訴の審理の経過を待つことなく、速やかに、緊急命令を発することを求めるべきであると思料します。
オ また、前掲ア記載の緊急命令制度の趣旨・目的に照らし、使用者が労働委員会命令を不服としてその取消しを求める行政訴訟を提起した場合には、労働委員会は、裁判所に対し速やかに緊急命令の申立を行う必要があります。現に、神奈川県労働委員会は、当事者から緊急命令申立を求める旨の上申書の提出がなくても、緊急命令申立を行う運用を行っており、中労委においても同様の扱いがなされるべきであると思料します。なお、当該労働組合が緊急命令申立を不要とする回答をした場合においては緊急命令申立の必要がないことはいうまでもありません。
以上