労働基準法上の「労働者」に関する意見書

2025/9/8

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労働基準法上の「労働者」に関する意見書

2025年9月8日
日本労働弁護団
会長 井上 幸夫

 

1 労働基準法における「労働者」に関する研究会の設置

2025年1月8日に公表された労働基準関係法制研究会報告書(以下、「報告書」という。)は、労働基準法における「労働者」について、同法第9条の定義規定は維持しつつ、「昭和60年労働基準法研究会報告」(以下、「昭和60年報告」という。)は「働き方の変化・多様化に必ずしも対応できない部分も生じている」として、「見直しの必要性を検討していく必要がある」と明言し、具体的には、国際的な動向も視野に入れながら、「人的な指揮命令関係だけでなく、経済的な依存や交渉力の差等について、どう考えるか」、「労働者性の判断において、立証責任を働く人側に置くのか、事業主側に置くのか(推定規定)」等といった点を、専門的な研究の場を設けて総合的な検討を行うべきと提言した。

これを受け、厚生労働省は、①労働基準法上の労働者性に関する事例、裁判例等や学説の分析・研究や、プラットフォームワーカーを含む新たな働き方に関する課題や国際的な動向の把握・分析、②労働基準法上の労働者性の判断基準の在り方、③新たな働き方への対応も含めた労働者性判断の予見可能性を高めるための方策、の3点を調査・検討するため、「労働基準法における『労働者』に関する研究会」(以下、「研究会」という。)を設置し(研究会開催要項)、2025年5月2日、第1回を開催した。

当弁護団は、研究会に対し、労働者性は強行法規である労働法の適用対象を画するものであるという見地から、以下のとおり、あるべき労働者性に関する検討を迅速に進めるよう求める。

 

2 労働者性の推定規定の創設

まず、労働基準法上の労働者性の推定規定を創設する必要がある。当弁護団は、労働者の定義規定(第9条)を変更しないとしても、3で後述するとおり、労働者性の判断基準自体を見直す必要があると考える。さらに、労働者保護の実効性を高めるためには、近時の国際動向もふまえ、日本でも推定規定の新設が不可欠であると考える。

報告書も、「実際に、使用者が労働法上の責任や社会保障負担等を免れる目的から、本来「労働者」として雇用すべき者を請負事業者として扱うといった、法を潜脱しようとする事案も生じている」と指摘している(同10頁)。偽装フリーランス(誤分類)の事案が多く発生しており、事態は深刻である。

現状、労働実態に即して判断すれば、労働基準法上の労働者であるようなケースであっても、使用者が労働者に対し業務委託契約書を作成し、個人事業主(フリーランス)扱いをさえすれば、行政(労働基準監督署長)が迅速に取り締まることは困難となっている。その上、労働者性を認める行政判断が出された場合ですら、使用者が争い、個人事業主扱いを改めなければ、司法判断を仰ぐほかない。そうすると、紛争の長期化は避けられず、司法判断が確定するまでの間、労働者は、労働関係諸法規の保護を受けられない事態となってしまっている。

そして、労働者側が、労働者性判断の各要素を立証する負担は非常に大きい。労働者性判断に必要な情報は、使用者(事業者)側がほとんど独占していているにもかかわらず、開示されないことが多く、労働者側が圧倒的に不利な状況に置かれている。

このような事態を有効に是正するには、すでに、当弁護団が、2024年10月31日付「労働基準関係法制研究会報告書に対する意見書」3頁以下で提言したとおり、諸外国の例を参考に、法律により、労働基準法上の労働者性を推定する規定を創設することが必要不可欠である。

 

3 労働者性の判断基準の見直し

労働基準法上の労働者性の判断基準の見直しは不可欠である。

(1) 労働基準法上の労働者性の判断基準を整理したものとして、昭和60年報告がある。報告書は、昭和60年報告を「所与のものとするのではなく、約40年で積み重ねられた事例・裁判例等をしっかりと分析・研究し、学説も踏まえながら、その表現をより適切に修正すべき点がないかという点も含めて、見直しの必要性を検討していく必要がある」と指摘している(同11~12頁)。

(2) 報告書は、「『労働者』の判断…は、『契約名称にかかわらず働き方の実態に照らして判断される』…。客観的に『労働者』である者を契約上『労働者』ではない取扱いとする、いわゆる『誤分類』は強行的に是正されるべきことになる。」と指摘する(同10頁)。労働者性は、当事者の主観や契約形式によることなく、就労実態に即して客観的に判断されなければならない。

しかしながら、昭和60年報告の中には、このような観点から、理論的に問題のある記載も含まれている。

例えば、源泉徴収や労働保険は当事者が容易に操作しうる事情であるから、労働者性判断の否定的要素として挙げることは適当でない。この点、昭和60年報告は、労働者性判断の補強要素としてではあるが、「その他」として、源泉徴収を行っていたり労働保険の適用対象としていることを、「『使用者』がその者を自らの労働者と認識していると推認される」としたため、結果として総合判断のなかで否定要素として機能することになった(横浜南労基署長事件・最判平成8年11月28日労判714号14頁など)。源泉徴収や労働保険の適用については、労働者性を推定する事実として位置づけるか、あるいは「禁反言の法理」に照らして使用者が労働者性を争うことを禁じるべきであり、労働者性の判断要素からは除くべきである。

(3) また、昭和60年報告は、「勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されていること」(時間的場所的拘束性)が、「一般的には、指揮監督関係の基本的な要素である」としている。

しかし、時間的場所的拘束性を指揮監督関係の基本的要素とする考え方は、かつての工場労働においては妥当するかもしれないが、今日の多様な労働形態を規律するには不適当である。とりわけIT技術の進歩により、今日ではあらかじめ契約によって始業・終業時刻を定めて労働力を確保しておく必要がなくなり、労働者を待機状態においておき、必要なときに労働者を呼び出すことでも所要の労働力を確保することが可能になった。むしろ、こうしたオンデマンドで働く労働者こそ、労働条件が不安定であり、スケジュールや収入の見通しがなく、典型的な労働者として保護する必要がある。

そこで、時間的場所的拘束性は、労働者性を推定する事実として位置づけ直し、指揮監督関係の基本的要素として位置づけることは止めるべきである。

(4) 昭和60年報告は、上記の時間的場所的拘束性について、「業務の性質上(例えば、演奏)、安全を確保する必要上(例えば、建設)等から必然的に勤務場所及び勤務時間が指定される場合があり、「当該指定が業務の性質等によるものか、業務の遂行を指揮命令する必要によるものなのかを見極める必要がある」としているが、時間的場所的拘束に「業務の性質論」を持ち込むことも適当ではない。

「業務の性質等によるものか」の意義は不明確であり、判断基準に混乱をもたらしている。始業・終業時刻が定められていたり、不規則であるとしても勤務シフトに組み込まれたりする場合は、労働者性を推定する事実の1つとするか、労働者性を肯定する要素として位置づけるべきである。

(5) 昭和60年報告の発表以降、裁量労働制、高度プロフェッショナル制度、フレックスタイム制などが制度化されるとともに、シフト制やテレワークも普及してきている。このように、昭和60年報告以降、労働者の中でも、業務遂行上の指揮監督や時間的場所的拘束性が緩和された働き方が現れている。上述したオンデマンド型の働き方が普及していることからしても、労働者性をより広く認めるよう判断基準を見直す必要がある。現在も、始業・終業時刻や就業場所が所定されていない「日雇労働者」も雇用保険法や健康保険法の対象となる。シフト制労働者の多くはその時々の事情に応じて柔軟に労働日や労働時間が確定するが、労働者として扱われている(2022年1月7日厚生労働省「いわゆる「シフト制」により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項)。

(6) 業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令のあり方についても、近時、IT技術の進歩により、労働者に各種端末を持たせたり、監視カメラを用いるなどして、労働者の就労中の情報を収集し、稼働状況や効率を徹底的に管理し、人工知能を含めてアルゴリズムが労務管理を担う領域が増えている。また、業務遂行に関する教育や指導の多くをアプリケーションなどに委ね、人間による指揮命令はサポート業務など補充的な役割を持つことケースもある。このように従来、生身の人間が管理者として就労状況を管理監督していたものが、IT技術に置き換えられている例もある。そこで、端末による稼働情報の収集や、アプリケーションによる業務指示や進捗管理、収集した情報に基づく成績評価が実施されている場合には、業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令があるとし、労働者性を肯定すべきである。

(7) 労働者性判断において、強調される諾否の自由についても、従来の日雇い労働や上述したオンデマンド就労のように、個々の仕事について諾否の自由があると見える場合もあり、労働者性判断の要素として機能しない場合があり、労働者性の判断要素として強調すべきではない。

(8) むしろ、報告書も挙げている「経済的な依存や交渉力の差等」は、労働者の使用者に対する「従属性」を的確に捉えるものであり、判断要素として明記するべきである。例えば、出来高払いで報酬(賃金)の下で具体的な業務の内容やその対価を発注者(使用者)側が決定し、受注者(労働者)側には基本的にはそれを受けるか否かの選択しかない場合は、形式的には諾否の自由があったとしても交渉力の差を根拠に労働者性を肯定することが考えられる。

(9) なお、労働契約の特徴は一身専属性にあるから(民法625条2項)、労働実態に照らして、代替性を欠く場合には、労働者性があることを推認させるべきである。

 

4 職種・業務、事例・類型ごとの重視すべき判断要素の明示

判断基準の見直しに当たっては、適切かつ迅速な労働者性認定を実現するため、一定の職種、業務あるいは事例・類型ごとに、各判断要素に該当する具体的事実を明示したり、重視すべき判断要素をガイドラインにより示すことが有用である。

例えば、ガスボンベの配送員の事案において、東陽ガス事件・東京地判平成25年10月24日労判1084号5頁は、「Yは、Xらに業務用携帯端末を通じて、配送先への配送が終わった段階で報告させており、Yにおいて、充填所への入所時刻(就業開始時間)や配送状況の把握は可能な状況にあった」ことを業務遂行上の指揮監督を肯定する事実として判断しており、運送業・配送業において、このような事実が認められる場合には業務遂行上の指揮監督を肯定するというように明示すべきである。

ウーバー・イーツの配達員などのプラットフォームワーカーについてはICT技術の発展により労働力の確保が容易になり、役務提供者を特定の時間や場所に拘束する必要がない実態があり、昭和60年報告にある「勤務場所・勤務時間の拘束性」は強調すべきではない。むしろ、アプリやGPSを通じた行動記録や位置情報等のデータ収集を行い、就労状況を管理していることは上述した運送業・配送業と同様である。上記裁判例が制裁の有無を問題としていないように、指示違反による直接的な制裁が必ずしもないような場合にも、データ収集の事実をもって、業務遂行上の指揮監督を肯定することを明示すべきである。また、これらプラットフォームワーカーに特徴的な事業組織への組み入れや経済的な依存や交渉力の格差等といった要素も重視すべきであると明示することが考えられる。

大学の非常勤講師など、一定の専門性や裁量のある職種、類型についても、安易に具体的な指揮命令がないとして労働者性を否定すべきではない。裁量労働制の適用対象者など、労働者の中でも、業務内容によって、具体的な指揮命令を受けずに裁量をもって働く者も存在している。したがって、このような職種においても、もともと業務内容に内包されている裁量は、労働者性判断において否定する方向考慮するべきではないと明記した上で、事業組織への組み入れや経済的な依存や交渉力の格差等判断要素を重視するよう明示するべきである。

 

5 裁判例の批判的分析・研究の必要

研究会は、裁判例の分析・研究を行うとしているが、「批判的」な視点で行わなければ意味はなく、労働者性判断に消極的な裁判例を追認するような分析等は避けなければならない。

例えば、裁判例の中には、新宿南労基署長(映画撮影技師)事件・東京高判平成14年7月11日労判832号13頁のように、「監督の指示が、具体的な指揮命令という形をとっていなかったとしても、それは亡甲野が…監督の意図を了解してこれに沿うように撮影したために指揮命令が顕在化しなかっただけであって、監督の指揮命令としての性質を有することも否定するものではない。」と労働実態(現場での交渉力の格差等)に即して適切に判断するものもある。

一方で、NHKの契約締結や集金等を行う地域スタッフの事案において、NHK神戸放送局(控訴審)事件・大阪高判平成27年9月11日労判1130号22頁は、「稼働日や稼働時間、業務の遂行方法などについて具体的な指導を行っていた」と認定しながらも、「具体的な助言指導にスタッフが従わなかったこと自体につき、控訴人が当該スタッフに対して何らかのペナルティを課したことを認めるに足りる証拠もない。」として、業務遂行上の指揮監督を否定した。しかしながら、同判決自身も「最終的に解約がある」と認めるとおり、拒否すれば契約解除のおそれがあるのであり、指揮監督を否定する判断は、労働実態(現場での交渉力の格差等)に反するものであって妥当でない。

労働者性は、労働実態に即して判断されるべきであり、前掲NHK神戸放送局(控訴審)事件のように、労働実態を軽視する裁判例は前提とすべきではない。

このように、労働実態に即した認定をしているのかという観点から、批判的に裁判例を調査・研究し、適切なもののみを判断基準の見直しの参考としなければならない。

 

6 当事者の合意により労働者を否定することは許されないこと

第1回研究会において、委員から、当事者の合意により労働者性を否定してもよいのではないかとの趣旨の意見が出されている。

上述のとおり、労働者性は、強行法規である労働法の適用対象を画するものであり、当事者の合意によって潜脱することは許されない。その上、会社から同意を強制されるおそれもあり、労働者が形式的に使用者の提案を受け入れるような行為をしたとしても、それが自由意思に基づくものを言えるかは慎重に判断すべきことは山梨県民信用組合事件・最判平成28年2月19日労判1136号6頁等でも指摘されているところである。

また、当事者の意思によって労働法の適用を免れることを許せば、企業間、さらには労働者間の公正競争に反する結果となる。したがって、このような「当事者間の合意で労働者ではない」とする判断基準を設けることを検討するべきではない。

当弁護団は、研究会に対し、以上の点を踏まえ、あるべき労働者性に関する法整備について迅速に検討を進めるよう求める。

以上