「同一労働同一賃金ガイドライン」の見直し案に対する意見書
2025/12/22
「同一労働同一賃金ガイドライン」の見直し案に対する意見書
2025年12月22日
日本労働弁護団
会長 小島 周一
第1 当弁護団の基本的立場
2025年11月21日、労働政策審議会・同一労働同一賃金部会は、「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(いわゆる「同一労働同一賃金ガイドライン」。以下「本指針」という)の見直し案(以下「見直し案」という)を発表した(その後、同年12月11日付で多少の加除修正あり)。
日本労働弁護団は、これまで、非正規雇用労働者と正規雇用労働者との間の待遇改善・均等均衡待遇実現のため、安易に「正社員の人材確保」といった使用者の主観的な主張を採用するなどして格差の是正・救済を否定する裁判所の判断を強く批判し、待遇の相違の合理性の立証責任の転換や補充的効力の明文化を含む実効性ある法改正を求め、立法提言等を行ってきた。
本年2月に再開した同一労働同一賃金部会においては、パートタイム・有期雇用労働法及び改正労働者派遣法の均等均衡規定の施行状況などを踏まえ、必要な制度の見直しを検討することとされており、法改正を含む格差是正のための抜本的な見直しが期待されていた。しかし、冒頭の通り、今般同部会は、法改正まで踏み込むことなく、本指針の見直しで問題をやり過ごす姿勢であり、遺憾と言わざるを得ない。特に、本指針の見直し案において、通常の労働者と非正規雇用労働者との間の待遇の相違の要因として、「通常の労働者としての職務を遂行しうる人材の確保及びその定着を図る」目的(いわゆる「正社員人材確保論」)がある場合を肯定する記載が見られる点は、看過しがたい重大な問題である。正社員人材確保論については、同一労働同一賃金部会において、同委員からも、「司法のみならず、現場においても待遇差を改善する際の大きなハードルの一つとなっている。」との指摘がなされていたものである。当弁護団も、使用者の主観的・抽象的な理由で、待遇の相違が正当化されるべきでなく、待遇の性質・目的判断においては、客観的な事情から認定されるべきであることを繰り返し主張してきたものであり、正社員人材確保論を排除するどころか、肯定する本見直し案には、断固として反対する。
当弁護団としては、非正規雇用労働者の待遇改善のためには、法改正の取り組みが急務であるという考えは変わらず、今後、現在の均衡均等待遇制度を踏まえた立法提言を行う予定である。
他方、見直し案に関しては、本指針の目的(通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等の取組を通じて、労働者がどのような雇用形態及び就業形態を選択しても納得できる待遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにし、我が国から「非正規」という言葉を一掃すること)の実現に向け、改正意見を述べる。
第2 本指針の見直し案について
1 「第2 基本的な考え方」について
(1) 柱書について
見直し案では、「第2 基本的な考え方」に、本指針に原則となる考え方や具体例が示されていない待遇であっても不合理と認められる可能性があること、また、各事業主において、労使により、個別具体の事情に応じて待遇の体系を議論するに当たり、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者の意向を十分に考慮すべきであることが明記され、これ自体は妥当である。
しかし、単に短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者の意向を「考慮」することを求めるのみであると、形式的な聴取のみに終始する可能性が高い。そこで、意向を反映することまで要請し、他方で、それのみによって直ちに不合理性が否定されるものでないことに注意すべきでことを注記した。(追記部分に下線を付す。)
「このため、各事業主において、労使により、個別具体の事情に応じて待遇の体系について議論していくことが望まれる。当該議論に当たっては、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者の意向を十分に考慮・反映した上で、不合理と認められる待遇の相違の解消等の取組を進めることが望ましいことや、当該取組が当該労働者の自らの待遇に対する納得性の向上にも資することに留意すべきである。なお、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者の意向を考慮・反映した場合であっても、直ちに不合理性が否定されるものでないことにも留意すべきである。」
(2) 「(2)通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に賃金その他の待遇の決定基準・ルールの相違がある場合等の取扱い」について
見直し案では、基本給にかかる項目から、「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に賃金その他の待遇の決定基準・ルールの相違がある場合等の取扱い」を「第2 基本的考え方」の中に移設し、それが賃金に限らず待遇全般に関する内容である旨を明記しており、その点は妥当である。
もっとも、実際の事案においては、そもそも、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者や派遣労働者の待遇の決定基準・ルールの相違があるか否か自体が争いになる事案が多い。
そこで、同箇所の末尾に、以下の通り追記がなされるべきである。
「なお、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者や派遣労働者の待遇の決定基準・ルールの相違があるか否かについては、当該待遇の実態等に即して客観的に判断される必要がある。」
(3) 「(3)不合理と認められる待遇の相違の解消等に当たり、就業規則の変更により労働条件を変更する場合の留意事項」について
見直し案では、短時間・有期雇用労働者や派遣労働者の待遇の改善という目的に鑑み、通常の労働者の労働条件を不利益に変更する方法ではなく、短時間・有期雇用労働者や派遣労働者の労働条件の改善を図ることが原則であることが明記されており、その点は妥当である。
他方、従前から、本指針の当該箇所では、労働条件の不利益変更につき、就業規則変更による場合に限定して言及されており、見直し案でもその点は変更がない。もっとも、個別合意等、就業規則の変更によらない不利益変更も存在する。そこで、労働条件の不利益変更における個別合意については、短時間・有期雇用労働者や派遣労働者の不安定な立場を踏まえ、その合意の有効性が判断されるべきことを注記した。
「その上で、事業主が、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等に対応するため、やむを得ず、就業規則を変更することにより、その雇用する労働者の労働条件を不利益に変更する場合、労働契約法(平成19年法律第128号)第9条の規定に基づき、原則として、労働者と合意する必要がある。また、労働者と合意することなく、就業規則の変更により労働条件を労働者の不利益に変更する場合、当該変更は、同法第10条の規定に基づき、当該変更に係る事情に照らして合理的なものである必要がある。ただし、基本的に、こうした対応は、望ましい対応とはいえないことに留意すべきである。なお、個別同意によって上記待遇の相違の解消等を行う場合には、事業主と短時間・有期雇用労働者や派遣労働者の立場の違いを踏まえ、慎重にその合意の有効性が判断されるべきである。」
2「第3 短時間・有期雇用労働者」
(1) 柱書について
ア 見直し案において、短時間・有期雇用労働法第8条の解釈に当たり、ハマキョウレックス事件最高裁判決を踏まえ、「職務の内容、当該職務の内容及び配置の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものの相違に応じた均衡のとれた待遇」とすべき旨が明記されたことは、妥当である。
他方、見直し案では、待遇の性質・目的の解釈については言及されていない。待遇の性質・目的の解釈に当たっては、通常の労働者の定着・確保といった主観的・抽象的な目的が重視されるべきでないことから、以下の通り追記すべきである。
「短時間・有期雇用労働法第8条において、事業主は、短時間・有期雇用労働者の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならないこととされており、職務の内容、当該職務の内容及び配置の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものの相違に応じた均衡のとれた待遇とすることが求められている。なお、待遇の性質・目的の認定に当たっては、客観的な事情から認定されるべきである。」
イ (注)の「1 短時間・有期雇用労働法第8条におけるその他の事情の取扱い」として、「その他の事情」に関する施行通達の記載等が追記された点は妥当である。
もっとも、事業主が短時間・有期雇用労働法第14条第2項の規定に基づき、十分な説明を行うべき対象として、「待遇の決定基準・ルール」も含まれるべきである。そして、事業主が当該基準を設けておらず、合理的な説明を行っていない場合も、当該待遇の格差が不合理と認められることを基礎づける事情として考慮されることが明記されるべきである。これらを踏まえ、以下の通り追記されるべきである。
「また、事業主が短時間・有期雇用労働法第14条第2項の規定に基づき通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間の待遇の相違の内容及び、理由及び待遇の決定基準・ルールについて十分な説明を行わなかったと認められる場合や、事業主が待遇の体系に係る議論において短時間・有期雇用労働者の意向を十分に考慮・反映せず一方的に短時間・有期雇用労働者の待遇を決定した場合には、当該事実も短時間・有期雇用労働法第8条におけるその他の事情に含まれ、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間の待遇の相違が不合理と認められることを基礎付ける事情として考慮されうる。」
(2) (注)の「3「通常の労働者としての職務を遂行し得る人材の確保及びその定着を図る」等の目的で待遇を行う場合の取扱い」について
いわゆる「正社員人材確保論」については、かねてから「待遇差の改善の大きなハードル」として批判を受けていたものであり、そもそも、このような待遇の性質・目的の認定が許容されてしまうこと自体に問題がある。
見直し案において、当該「正社員人材確保論」が一部でも肯定された点は、後退ともいえるものであり、強く反対し、以下の通り改訂されるべきである。
「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に基本給、賞与、各種手当等の待遇に相違がある場合において、その要因として当該待遇を行う目的に「通常の労働者としての職務を遂行しうる人材の確保及びその定着を図る」等の目的といった事業主の主観的・抽象的な理由が認められるべきでない。があったとしても、当該待遇の相違が不合理と認められるか否かは、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の他の性質及び当該待遇を行う他の目的にも照らして適切と認められるものの客観的及び具体的な実態に照らして判断されるものであり、当該目的があることのみをもって直ちに当該待遇の相違が不合理ではないと当然に認められるものではない。」
(3) 「1 基本給」について
見直し案では、従前の指針から変更がない。もっとも、柱書として、「基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するもの(下記(1))及び基本給であって、業績又は成果に応じて支給するもの(下記(2))は、支給される基本給額に反映される能力ないし経験等の内容との関連性が客観的に示されなければならない。」との追記がなされるべきである。
(4) 「2 賞与」について
(問題となる例)として、次のケースが追記されるべきである。
「通常の労働者に対し、賃金後払い部分、将来の労働意欲の向上などの性質が含まれている賞与を支給しているが、短時間・有期雇用労働者に対して一切の賞与を支給していない。」
(5) 「3 退職手当」について
退職金の項目が新設されたことは妥当であるが、具体例として、以下のような記載がなされるべきである。
「(1)退職金であって、労働者の勤続年数に応じて支給するもの
退職金であって、労働者の勤続年数に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の勤続年数である短時間・有期雇用労働者には、勤続年数に応じた部分につき、通常の労働者と同一の退職金を支給しなければならない。また、勤続年数に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた退職金を支給しなければならない。
(問題となる例)
ア 退職金について、労働者の勤続年数に応じて支給しているA社において、期間の定めのある労働契約を更新している有期雇用労働者であるXに対し、一切の退職金を支給していない。
イ 退職金について、労働者の勤続年数に応じて支給しているA社において、期間の定めのある労働契約を更新している有期雇用労働者であるXに対し、当初の労働契約の開始時から通算して勤続年数を評価せず、その時点の労働契約の期間のみにより勤続年数を評価した上で支給している。
(2)退職金であって、労働者の貢献に応じて支給するもの
退職金であって、労働者の貢献に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の貢献である短時間・有期雇用労働者には、貢献に応じた部分につき、通常の労働者と同一の退職金を支給しなければならない。また、貢献に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた退職金を支給しなければならない。
なお、貢献の程度と支給金額の関連性については、客観的基準が設けられるべきである。」
(6) 「4 各種手当(退職手当を除く。)」の「(9)家族手当」について
見直し案では、日本郵便(大阪)事件・最判の枠組みを踏まえた判断枠組みが示されている。
しかし、同最判の「継続的な勤務が見込まれることを前提とする短時間・有期雇用労働者」という要件については、異論も大きく、かつ、認められるケースが限られるという点で批判も大きい。少なくとも当該枠組みについては、同事件の事例判断として、その射程は限定されたものと考えるべきである。
本来的には、井関松山製造所事件・高松高判(最高裁で上告不受理)で示された通り、家族手当の趣旨を「生活費の補助」とし、扶養家族がいることによる生活費の増加は雇用形態に関わらず妥当するという判断がなされるべきである。そこで、家族手当については、以下の通り記載されるべきである。
「労働契約の更新を繰り返している等、相応に継続的な勤務が見込まれる短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の家族手当を支給しなければならない。通常の労働者に支給される家族手当の趣旨が、扶養家族がいることによる生活費の増加への補助である場合、扶養家族がいる有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の家族手当を支給しなければならない」
(7) 「5 福利厚生」の「(4) 病気休暇(療養への専念を目的として付与する病気休暇を含む。以下この(4)において同じ。)」について
病気休暇について、日本郵便(東京)事件・最判の枠組みを踏まえた考え方が示されているが、上記家族手当と同様、同最判の「継続的な勤務が見込まれることを前提とする短時間・有期雇用労働者」という要件については、異論も大きく、かつ、認められるケースが限られるという点で批判も大きい。病気休暇についても、少なくとも当該枠組みについては、同事件の事例判断として、その射程は限定されたものと考えるべきである。
また、以下の追記がなされるべきである。
「短時間労働者(有期雇用労働者である場合を除く。)には、通常の労働者と同一の病気休職の取得を認めなければならない。また、有期雇用労働者にも、労働契約が終了するまでの期間を踏まえて、病気休職の取得を認めなければならない。さらに、通常の労働者に病気休職期間に係る給与の保障を行う場合には、労働契約の更新を繰り返している等、相応に継続的な勤務が見込まれる短時間・有期雇用労働者にも、通常の労働者と同一の給与の保障を行わなければならない。なお、職務の内容等に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた支払いがなされなければならない。」
以上