スタートアップ企業における労働時間規制緩和を求める提案に反対する幹事長談話

2025/6/9

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スタートアップ企業における労働時間規制緩和を求める提案に反対する幹事長談話

2025年6月9日
幹事長 佐々木 亮

内閣府が設置する規制改革推進会議は、2025年5月28日に開催された第23回会議において、「規制改革推進に関する答申」(以下、「本答申」という。)をとりまとめた。

本答申は、「スタートアップの柔軟な働き方の推進」との表題において、スタートアップ企業や関係団体から、企画型裁量労働制(労基法38条の4)を導入する際の手続負担が制度導入の障壁になっており、また、業務内容や役割の変化が大きいために専門業務型裁量労働制(同法38条の3)が適用できないこと、一定の要件を満たす場合には時間外労働の上限規制の柔軟な運用を認めてほしいとの声があることなどを挙げ、厚生労働省に対して、裁量労働制の適正な活用等、スタートアップにおける柔軟な働き方に資する検討を開始することを実施事項として求めている。

しかしながら、本答申の上記要求は、労働者の生命・健康を著しく軽んじるものであって、到底容認できない。

そもそも、裁量労働制は、一定の労働時間を「みなし時間」として設定し、使用者が満足する結果を得るまで、労働者の「定額働かせ放題」を可能にする制度である。そして、労働時間を「みなす」ことから、使用者が時間外労働を抑制する動機がなくなり、長時間労働を誘発する危険があるために、その適用要件は厳しく法定されているのである。したがって、導入の際の手続負担が制度導入の障壁になっていたり、専門型裁量労働制における対象業務が狭いという本答申の意見は、裁量労働制が労働者にもたらす危険を無視し、ただただ手軽に導入したい、すなわち、煩瑣な手続を経ずに労働者を定額でいくらでも働かせたいという、使用者の持つ欲望を恥もなく発露したものにほかならず、看過することはできない。スタートアップ企業であろうとなかろうと、労働者の生命・健康を脅かす労働時間規制の緩和は絶対に許されない。

また、「裁量労働制の適正な活用」や「柔軟な働き方」という言い回しにより、裁量労働制の適用範囲を拡大させ、また、時間外労働の上限規制を緩和させようとする本答申の方向性は、時間外労働等を削減しようとする昨今の「働き方改革」の流れや、厚生労働省が本年1月8日に公表した、労働基準関係法制研究会報告書において、時間外労働の上限を「36協定の原則である月45時間・年360時間に近づけられるように努めていくべき」とされていることにも正面から反するものと言わざるを得ない。

ところで、本答申では、スタートアップで働く労働者の声として、「仕事の成果を出せるならば働く場所や時間に制約されたくないとの声がある」ことを指摘しているが、仮に一部の労働者からそのような意見があったとしても、これを過度に重視すべきではない。

労働基準法が、憲法27条2項に由来し、最低基準の労働条件を定める(1条2項)意味には、労働条件の最低基準を全ての事業者に守らせることにより、事業者間の公正な競争を確保する点にもある。したがって、たとえ労働者自身が望んだとしても、スタートアップ企業において最低基準である労基法が定める労働時間規制を潜脱した労働力の利用を認めてしまえば、労働基準法を遵守する事業者が競争上不利な立場となってしまい、労働基準法が事実上機能しなくなり、社会的な悪影響が生じることになる。

さらに、仮に当該労働者自身が望んだとして働いたとしても、長時間労働の結果として過労死等重篤な健康被害が生じてしまうことは周知の事実である。労働基準法が労働者の生命と健康を確保するために、厳格な労働時間規制を導入していることを忘れてはならず、安易な労働時間の規制緩和はあってはならない。

以上のことから、日本労働弁護団は、裁量労働制に関して、現行法における規制を緩和する根拠は全くないし、スタートアップ企業を裁量労働制の対象にしようとする本答申において示されている方針に断固として反対する。

以上