給特法の抜本的な改正等を求める声明
2025/5/29
給特法の抜本的な改正等を求める声明
2025年5月29日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木亮
1 現在、国会において、公立の義務教育諸学校等における教育職員の給与等に関する特別措置法(以下、「給特法」という。)等の一部を改正する法律案(以下、「改正法案」という。)について審議が行われている。
改正法案は、2025年5月14日の衆議院文部科学委員会において附帯決議とともに採決され、同月15日に衆議院本会議で可決された。
2 改正法案では、公立学校教員に対して時間外勤務手当の代わりに給料月額の4%を支給している「教職調整額」を、2026年1月から6年間かけて段階的に10%まで引き上げることが盛り込まれた。他方で、「超勤4項目」に該当する業務以外については時間外勤務を命じない代わりに、時間外勤務に従事しても一切の時間外勤務手当を支給しない、という現行の給特法の枠組みは維持されている。
このような改正法案の内容では、教員の長時間労働の是正・勤務環境の抜本的な改善にはつながらない、むしろ悪影響となりかねないことは、2025年3月7日付「給特法改正法案に反対する幹事長声明」で指摘した通りである。
3 改正法案の修正案及び附帯決議は、公立学校教員の1か月時間外在校等時間を平均30時間程度に削減することを目標として、教員一人当たりの担当授業時数の削減や教職員定数の改善等の措置を講じること、教員以外の学校の教育活動を支援する人材を増員すること、部活動の地域移行などを円滑に進めるための財政的な援助を定めること等、教員の業務量削減のための必要な措置が具体的に明記されたことは一定評価できる。しかし、その具体的な工程や施策・数値等は示されず、どれほどの実効性を持つのかは疑問である。
何より問題なのは、「在校等時間」という労働時間とは異なる概念(本改正により法文にも明示)により教員の勤務時間を把握管理するという給特法特有の枠組みが、維持・固定化されたことである。
公立学校教員にも労働基準法32条等の労働時間規制が適用されることを前提として、給特法は、「超勤4 項目」以外の業務について時間外勤務は命じることができないと定めている。しかし実際には、多くの教員が、「超勤4項目」以外の業務について時間外勤務に従事している。このような法の建前と実態の乖離が、教員の時間外勤務は、実態としては労働時間に該当するような場合でも、「自主的」「自発的」な業務への取組みであり労働時間ではないとされる、歪んだ法解釈・運用を生み出してきた。しかも、「在校等時間」には、教員の勤務実態に典型的に見られる、いわゆる「持ち帰り」残業の時間は含まれていない。
言うまでもなく、教員の時間外勤務のほとんどは、労働基準法上の労働時間としての実態がある。教員の長時間労働の是正・勤務環境の抜本的改善のためには、この常識的な法解釈を正面から認め、上記の歪んだ法解釈・運用を生み出す根本的な要因である給特法の枠組みを全面的に見直すことが必要である。これにより、教員にも、最低基準である労働基準法の労働時間規制(法定労働時間及び36協定の締結を通じた労働時間の上限規制、時間外割増賃金の支払い等の罰則を伴う規制)を通じた労働時間管理が徹底され、長時間労働に歯止めをかけることが可能となる。
改正法案のように「在校等時間」概念を維持したままでは、学校現場では、教員に対して「在校」しないようにという帰宅指導が繰り返されるだけであり、時短ハラスメントや持ち帰り残業の強要がさらに横行することが想定される。持ち帰り残業も含めた労働時間が把握されれば、長時間労働の要因を個々の教員に即して正確に把握し、その是正を行うことができるが、「在校等時間」の管理では、持ち帰りにより労働が密室化されてしまうのである。やはり、給特法による「在校等時間」管理の法体制を排し、常識的な労働時間の法解釈により、勤務時間が適正に把握・管理されることにならなければ、教員の業務量削減も機能しないことが明らかである。
そもそも、2019 年の給特法改正の際の議論において、当時の萩生田文部科学大臣は、「給特法などの法制的な枠組みについて根本から見直しをします。その際、現在の給特法が昭和46 年の制定当初に想定されたとおりには機能していないことや、労働基準法の考え方とのずれがあるとの認識は見直しの基本となる課題であると受け止めており、これらの課題を整理できる見直しをしてまいります。」と答弁している。今回の国会審議でも、教員の時間外勤務を、労働基準法上の労働時間とは認めずに「在校等時間」として把握・管理することの矛盾・問題点は、繰り返し指摘されていたところである。
少なくとも、改正法案の附則等で、教員が休憩すら満足にとれず(労働基準法34条違反)、持ち帰り残業が蔓延する実態を踏まえ、勤務実態調査を直ちに実施することを定めるべきである。また、その結果を受けて、2024年12月24日の「教師を取り巻く環境整備に関する合意」でも言及された「将来の給特法」のあり方(6項)について、抜本的な法改正を念頭に立法的な検討を行うことも、附則等に盛り込まれるべきである。
4 令和5年度の教育職員の精神疾患による病気休職者数は7119人と過去最多を更新した。また、幼稚園を除く公立学校教員の定年退職以外の離職者は令和3年度で1万2681人にも及び、前回調査の平成30年度よりも657人増加している(令和4年度学校教員統計)。さらに、自治体によっては教員試験の採用倍率が1倍を切るなど、教員志望者の減少にも歯止めがかからず、深刻な教員不足の状況が全国的に続いている。
本来、教員不足解消については、不足する教員(労働者)をいかに補填するのかという視点での施策ではなく、教員を志した人材が職場(教育現場)でいわば「使い捨て」にされ、重大な労働問題が起きているという事態を深刻に受け止め、教員を志した者が、志半ばで離職せず、教員を持続的に続けられる労働環境を整備するという観点から、給特法の枠組みを根本的に変える抜本的な対策を行うことが何よりも重要である。
5 教員の長時間労働をめぐる問題は、近年実施されてきた施策によっては、全く解決していないし、本改正案でも根本的な改善はあり得ない。現状は、教員の労働者としての人権(憲法27条2項)を侵害するにとどまらず、教員不足や教育の質の低下を招き、子どもたちの教育を受ける権利(憲法26条)の侵害にもつながる問題である。
日本労働弁護団は、あらためて、現行の給特法の枠組みの抜本的見直しに向けた議論を早急に進め、速やかに給特法の廃止または抜本的な改正を実現することを強く求める。
以上