スポットワークを利用して働く労働者の権利擁護を求める幹事長声明

2025/12/18

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スポットワークを利用して働く労働者の権利擁護を求める幹事長声明

2025年12月18日
日本労働弁護団
幹事長 佐々木 亮

1 「スポットワーク」の現状

スポットワーク、あるいはスキマバイトと呼ばれる働き方(以下では単に「スポットワーク」という。)は、ここ数年で顕著に拡大傾向にある。

スポットワークでは、スポットワーク事業者が提供するアプリに掲載される求人企業(使用者)の求人広告に、求職者(労働者)が応募し、「マッチング」することで、短時間・単発の就労を内容とする労働契約が成立するという仕組みが取られている。

ほとんどのスポットワーク事業者は、職業安定法(以下、「法」ともいう。)上の有料職業紹介事業として許可を受けて(法30条1項)スポットワーク事業を営んでおり、求職者(労働者)に対する雇用責任を負う立場にない。そのため、スポットワーク事業者が負う責任は極めて限定的になっており、結果としてスポットワークにおける労働者保護は適切に図られていない状況にある。

連合が行った「スポットワークに関する調査2025」(2025年1月23日公表)においても、半数近くのスポットワークで働いている人(働いたことがある人)がトラブルを経験したことがあると回答している [1] 。しかも、仕事上のトラブルを経験しても、「誰にも相談しなかった」と回答する割合は19.2%にものぼり、その理由の過半数は、相談の煩雑さや心理的・時間的な負担を避けたいというものであった [2] 。スポットワークでは、同じ使用者の下での労働が単発かつ短時間であることが基本とされていることから、労働災害などの深刻なケースを除き、1回の労働において生じたトラブルの解決のために法律相談や法的手続きをとることは「割に合わない」と考え、泣き寝入りに追い込まれる労働者が大多数である。

他方、現在、スポットワークという働き方が社会の中で広がり、これを好意的に受け止めている労働者もいることは否定できない。

そのような中で、少なくとも、万が一のときに労働者を守る社会保険と、賃金に直結する解約権の問題については、特に早急な対応が求められる。

 

2 社会保険を巡る制度設計

スポットワーク事業者は、スポットワークが「社会保険の加入などの事務手続きが不要な範囲で働けるサービスである」などと謳い、求職者(労働者)の同一使用者における週の所定労働時間数や月間報酬金額が一定の水準以下になるよう制限している。たしかに、現行制度では、労働者の賃金の約16%相当の金額が会社負担の社会保険料とされていることから、社会保険への加入が不要であるなどという甘言は、使用者の目には魅力的に映るところもあろう。しかし、社会保険制度の趣旨は、労働者がケガや病気等に遭遇した際の生活を市民全体で支えるものであるから、スポットワーク事業者が社会保険料負担の回避を利点として強調することは、この趣旨に反するものであって問題である。また、将来的には、こうしたやり方で使用者が社会保険料負担を回避できない制度自体の見直しも視野に入れるべきである。

そもそも、職業安定法上の有料職業紹介事業者であるスポットワーク事業者は、求職者による求人・求職の申し込みを、原則として全て受理しなければならない(全件受理義務。法5条の6、法5条の7)。スポットワーク事業者において、「取扱職種の範囲等」を届け出た場合には、その範囲で全件受理義務を負うこととされている(法32条の12第2項)。かかる全件受理義務に違反する場合、改善命令等(法48条の3)の対象となり、事業の停止や許可取消(法32条の9)もありうるところである。

例えば、ある大手スポットワーク事業者は、「取扱職種の範囲等」として「雇用保険、健康保険及び厚生年金保険に加入する義務が発生しない労働条件(同一事業主における週の所定労働時間が20時間未満等)」として、社会保険に加入する可能性のある求人・求職の申し込み自体を一律に排除している。このような、社会保険に加入しないようにするという取扱職種の範囲の限定の仕方は、先に述べた社会保険制度の趣旨に反する上、その基盤を破壊する働き方を助長するものであって、許されない。

他方で、大手スポットワーク事業者のなかには、取扱職種の範囲等を何ら限定していないにもかかわらず、社会保険に加入する可能性のある求人・求職の申し込みを排除するものもあるようである。そのため、社会保険に入らなければならない時間数分就労することを求職者(労働者)が希望した場合、当該事業者がそれを拒むことは、職安法上の全件受理義務に違反することになる。

実際には、複数のスポットワークアプリを用いて、同一の事業者で働く労働者も一定数いて、社会保険加入要件を満たすケースもある。ところが、個々のスポットワーク事業者は、社会保険に加入しない働き方を提案するという立場を貫いており、社会保険に加入することになるかどうかについての把握や手続は、個々の使用者任せとしている。

しかし、求職者の状況によって、社会保険に加入するべきか否かを、スポットワーク事業者が管理をする制度設計にしなければ、社会保障の基盤を破壊しかねない。労働基準法上、労働者が複数事業場において就労する場合には労働時間を通算することになっていることに照らせば(同法38条1項)、就労を仲介するスポットワーク事業者においても、求職者の労働時間を把握し、場合によっては社会保険に加入する必要があることを、求人企業に対して適切に告知するよう義務付けることも検討されるべきである。

 

3 広範な解約権を認める運用方針の問題点

スポットワークにおける労働契約の成立時期については、従来、アプリ上の求人への申し込みが完了した時点とみるのか、それとも、実際にマッチングした職場で、職場に設置してある専用QRコードを読み取るなど、アプリ所定の出勤手続きを完了した時点とみるのかについて議論があり、後者の考え方については、使用者都合によるキャンセル時の休業手当の問題や通勤災害の申請などの観点から疑問が呈されていた。

この「契約の成立時期」に関しては、一般社団法人スポットワーク協会 [3] は、厚生労働省の要請を受けて、働き手が求人への応募を完了した時点で解約権が留保された労働契約(解約権留保付労働契約)が成立するとの考え方を発表し(「スポットワークサービスにおける適切な労務管理へ向けた考え方」(以下、「考え方」という。))、これに沿う運営がなされているようである。

そもそも、スポットワークに関する労働契約の当事者は、あくまでも求職者(労働者)と求人企業(使用者)であるから、個々の求人企業の求人広告上示される具体的な内容を検討することなく一律に解約権留保付労働契約が成立しているとすること自体、議論の余地があるものとも思われる。しかしそれを措いて解約権留保付労働契約の成立を前提としたとしても、「考え方」に示された内容によれば、使用者側に休業手当の支払いを要しない解約権の行使が広範に認められており、労働者保護の観点から大いに問題がある。

まず、「考え方」において解約可能事由とされる「④契約上の義務違反又は不法行為、犯罪行為等の反社会的行為を行った場合」や「⑤募集条件で明示されている勤務態度にかかる条件を満たさないことを使用者が確認した場合」などについては、具体的にどのような、又はどの程度の義務違反等が解除事由になるのかが一見して不明確で、解約可能事由として列挙すれば使用者の解約権を必要以上に認める結果となり得るため不適切である。また、「⑨天災等の不可抗力によらない営業中止の場合」や、「⑩大幅な仕事量の変化に伴い募集人数の変更が必要となった場合」、「⑪掲載ミス(業務内容や日時の誤り)があった場合」に至っては、就労開始時刻の24時間前以降の解約権行使が制限されるとはいえ、まさに使用者側の都合による就労拒絶の場面である。使用者側の経営上の理由による受領拒絶を一方的に解約可能事由として整理し、労働者の負担に帰するもので、到底許容することはできない。

次に、そもそも、解約権留保付労働契約の場合にも、留保された解約権のどれかにあたれば必ず解約(解雇)が認められるわけではない。従前より解約権留保付労働契約であると整理される内定に関しても、内定取消しが許されるのは、「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られ」る(大日本印刷事件・最高裁判所第二小法廷昭和54年7月20日判決)。しかし、「考え方」には、11項目の解約可能事由が単に列挙されるのみで、事案ごとに解約権行使の可否が個別判断されることについてはほとんど触れられていない。このような記載では、求人企業らに対してこれらの事由に該当さえすれば当然解約可能であるといった誤った理解を与えかねない。

解約可能事由については法的な観点から早急に整理されるべきであるし、その前提として、スポットワーク事業者の仲介により成立する労働契約を解約権留保付労働契約と捉えることの是非についても、改めて議論がなされるべきである。

 

4 スポットワークという働き方の本質的問題点

以上では、スポットワークという働き方が広まり多くの労働者に受け入れられている現状を前提に、特に問題が深刻な、社会保険と解約権の問題について述べた。もっとも、問題はこれらだけにとどまらない。スポットワークが社会に受け入れられつつあるからこそ、スポットワークという働き方の本質的問題点からも目をそらすことはできない。

スポットワークは、本業や学業の合間の「スキマ時間」を使い、いわば副業として働くことができるということを売りにして、次第に利用者を増やしてきた。しかし、現状でも、スポットワークを「本業」として働く労働者も存在する。スポットワークでは短時間に区切られた1回の労働ごとに労働契約が成立することになるため、スポットワークを本業とする労働者にとっては、日々の労働が単発の労働契約により成り立っていることになる。このような労働の細分化は、労働者の雇用を不安定にするのみならず、継続的な労使関係が築けないことから、労使交渉による労働条件の改善・向上や、就労環境に問題のある就業場所における労働者からの是正要求などが困難になるという問題を孕んでいる。例えば、ある企業では全従業員をスポットワーク労働者とする店舗を運営し始めたというが、仮にその店舗で安全管理上の問題が生じた場合、いずれもその日限りの従業員である労働者にとって、適切な問題提起をすることは不可能に等しい。また、賃上げの交渉をしようにも、日々異なる労働者が勤務するのであれば、労使交渉の基盤を築くことができない。このような状況は、労働者自身も使用者も、互いを労使関係の相手方と見ることができなくなる状況を誘発し、スポットワークが「労働」であるとの認識さえ奪いかねない。

このように、スポットワークは、労働条件を含む労働者の健全な就労環境を担保する正常な労使関係の構築を妨げ、スポットワークが「労働」であるとの認識を希薄化してしまうという本質的問題を抱えている。この問題は、スポットワークを「本業」とする労働者との関係において特に顕著である。そのような労働者は、どの就業場所においても、同じ問題を抱えることになるからである。

また、賃金をスポットワーク事業者が立替払いする構造や、上記2でも触れた労働時間の通算の問題などにより、労働契約上の使用者である求人企業に使用者としての自覚が希薄化し、労働者保護のために必要な使用者の責任がより一層果たされなくなる恐れもある。

スポットワークという働き方は、労働者にとっても利活用されている側面があるが、だからこそ、このような本質的・構造的な問題点についての理解を広めることは不可欠である。

 

5 立法に向けた議論など、労働者保護の観点からの改善が不可欠であること

以上に述べたとおり、現状のスポットワークの運用には、早急に対応すべき社会保険と解約権の問題をはじめとした、労働者の保護に欠けるという問題があるほか、そもそも、細切れ労働であることや、スポットワーク事業者を仲介して就労するということに本質的・構造的な問題がある。当事者が声を上げにくい単発労働であることに乗じて労働者の権利が不当に侵害又は制限されてしまうような働き方を容認することはできない。

日本労働弁護団としては、引き続き、労働者の権利を擁護する立場から、スポットワークについて、業界団体に対して適切な制度設計を求めるとともに、国に対しても、速やかに、労働者保護のための立法をすることを求める。

以上

 

[1] 「スポットワークで働いている際に仕事上のトラブルを経験することはあるか(あったか)」という質問に対して、「トラブルを経験している(経験した)」は46.8%となっている。

[2] 「その日限りの仕事だったので、我慢すれば良いと思った」(30.0%)、「相談するのが面倒だった」(23.3%)、「相談することで、今後の仕事に影響すると思った」(8.9%)(同上)

[3] 大手スポットワーク事業者が中心になり2022年2月17日に設立した非営利団体。