ワークライフバランスの必要性及び重要性を前提とした政治を求める談話

2025/10/6

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ワークライフバランスの必要性及び重要性を前提とした政治を求める談話

2025年10月6日
日本労働弁護団
幹事長 佐々木 亮

2025年10月4日、自由民主党の総裁選挙が行われ、高市早苗氏が同党の総裁に選出された。総裁選挙に勝利した直後、高市氏は、「もう全員に働いていただきます。馬車馬のように働いていただきます。私自身も『ワークライフバランス』という言葉を捨てます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります。」と発言した。高市氏の上記発言は、自由民主党議員及び自身に向けてのものではあるものの、この後、総理大臣となる者の発言としては、軽率・軽佻との非難を免れない。すなわち、上記発言は、長時間労働の是正、過労死・過労自死の撲滅、仕事と育児・介護の両立支援の促進といった、国民にとっての喫緊の課題を全く考慮せず、むしろ、その実現を阻む影響を生ぜしめるからである。

高市氏の上記発言に対する批判について、「高市氏が自分自身と自民党所属議員に対して述べた決意にすぎない」、「一国の総理大臣になる予定の高市氏が覚悟を示したのは当然」といった意見が散見される。しかし、そうした意見は、一国の総理大臣となる者の発言を軽んじる意見である。

高市氏の上記発言における根本的問題は、同氏が「ワークライフバランス」という言葉を選択したことにある。「ワークライフバランス」、すなわち「仕事と生活の調和」は、労働契約法3条3項に労使ともに配慮すべき事項として挙げられる概念であり、長時間労働に対置されるものである。ゆえに、「ワークライフバランス」は、働く者にとって重要かつ必須の理念であり、これを「捨てる」という発言は、育児・介護など仕事と生活の調和を懸命に図ろうとしている労働者や企業、さらには、長時間労働に苦しんでいる当事者、そして、その家族に対しても、無配慮な言葉である。

また、言うまでもなく総理大臣は行政の長であるところ、政治を支える国家公務員はもとより、全国各地の公務員、さらには、民間労働者においても、行政の長となる者の発言は無影響ではない。高市氏の上記発言は、実際に働く労働者に与える影響を考慮しておらず、軽薄と言わざるを得ない。

早速、SNS上では、高市氏の上記発言を受けて、ワークライフバランスを軽視する発言を行う国会議員や経営者が出現しており、また、長時間労働を称賛する発言を行う経営者も出てきている。高市氏の上記発言は、一部の経営者にとって「わが意を得たり」と理解され、「労働者はワークライフバランスを捨てて働くべき」という流れを生み出す影響を与えるものである。このまま無批判に放置すれば、仕事と育児・介護との両立などは遠くに押しやられ、多くの労働者が長時間労働を強いられる未来が訪れることは想像に難くない。

さらに言えば、国家公務員については、近年、長時間労働が常態化し、若手・中堅の離職が深刻であるといわれている。そうした状況を受けて、2025年8月に人事院は大幅な待遇改善に踏み切ったばかりである。高市氏の上記発言は、行政の長になる者として、こうした動きに水をかけるものであり、国家公務員の過重労働や離職を加速させるおそれがある。

日本においては、労働時間に関する規制も、仕事と育児・介護の両立に向けた支援も、国や法律が主導し、トップダウンの形で確立されてきた側面もある。そうであるからこそ、一国の総理大臣となる予定である高市氏は、自身の発言が社会全体に及ぼす影響について想像力を働かせるべきであった。高市氏には、上記発言をした当人として、同発言が独り歩きすることによる影響を防ぐ責任がある。そして何より、高市氏自身も含めて、働いているのは生身の人間であり、「ライフ(命)」はかけがえのないものであるということを忘れてはならない。当弁護団は、高市氏の上記発言を批判するとともに、改めて、すべての人の生活と命を守る社会の実現を図るべく、活動を進めていくものである。

以上