裁量労働制拡大の議論にあらためて反対する声明
2025/9/26
裁量労働制拡大の議論にあらためて反対する声明
2025年9月26日
日本労働弁護団幹事長 佐々木亮
2025年1月8日に公表された労働基準関係法制研究会報告書を受けて、現在、労働政策審議会労働条件分科会では労働基準関係法制について議論が行われているところ、同分科会において、使用者代表として選出されている複数の委員から、裁量労働制の拡大を求める意見が出されている。
例えば、現在の裁量労働制は、特別な健康確保措置が設けられ、濫用を防止する制度設計がされている一方で、対象業務が厳格に規定されているため企業が適用可否を判断することが難しく、手続も煩雑であるから、制度の見直しについて必要な議論を進めるべき、企業の国際競争力の向上や付加価値の創出の観点から裁量労働制の拡充が必要、中小企業に多い対象業務を含む複数の業務を兼務する労働者にも適用可能となるよう検討すべき、といった意見である。
しかし、当弁護団がこれまで繰り返し強調してきたように、裁量労働制は、長時間労働を助長しかねない制度であり、その適用範囲の拡大や要件緩和を安易に行うべきではない[1]。
すなわち、裁量労働制は、実労働時間にかかわらず、一定の労働時間を働いたものと「みなす」制度であり、実労働時間を規制して労働者の健康・生活時間の確保を図る労働基準法の大原則に対するあくまで「例外」の制度である。その適用対象業務が安易に拡大されるようなことがあれば、たとえ適法に要件を満たしていたとしても、実労働時間管理が行われなくなり、「みなし時間」の名の下で長時間労働を強いられるという危険性がある。さらに、要件を満たさない業務に適用される等の濫用事例も多数発生しており、対象業務が拡大されるようなことがあれば、このような濫用事例がさらに増えるおそれは高い。そのため、裁量労働制の適用対象は、実労働時間規制を外すことの必要性・許容性が明確に認められる場合に限定される必要があるし、適用の要件は、厳格な手続によりチェックされる必要がある。
このように、裁量労働制は、通常の労働時間規制からの逸脱を認めるものであり、長時間労働・健康被害の危険が高いからこそ、厳格な手続・運用が求められている。
それでも、厚生労働省が公表している「過労死等の労災補償状況」によれば、裁量労働制対象者に関するデータが取りまとめられるようになった平成23年度以降、裁量労働制対象者に関する脳・心臓疾患の労災支給決定が毎年出ている状況である。まさに裁量労働制という制度そのものの危険性が明らかになっており、さらなる規制強化の必要性は高い。
2024年4月1日に施行された労働基準法施行規則等の改正では、上記の観点から、健康・福祉確保措置の強化や、本人同意・同意撤回の手続の導入等が進められたところである。そして、2025年1月8日に公表された「労働基準関係法制研究会報告書」では、裁量労働制拡大の必要性については一言も触れられていない。
したがって、裁量労働制についてまず議論すべきは、上記の改正経緯を踏まえて、制度の適正運用の徹底を着実に進めていくことである。さらには、裁量労働にふさわしくない業務の適用対象からの除外、勤務間インターバル規制や一定の労働時間を超えた場合の適用解除等より実効性の高い健康・福祉確保措置の導入義務化といった、上記改正時に実現しなかった立法措置の検討を進めていくことが必要である。裁量労働制が違法・濫用的に利用されている事例が後を絶たない現状で、「企業にとって使いづらいから」「国際競争力の向上が必要だから」といった理由で、適用範囲の拡大や要件緩和に向けた議論を進めることなどあり得ない。
以上より、当弁護団は、裁量労働制のもとで働く労働者を守るため、裁量労働制拡大の議論に対し、あらためて反対の意思を表明する。
以上
[1] 当弁護団が近年発出した意見として、2022年7月21日付「労働時間規制の緩和・裁量労働制の適用拡大に反対する声明」、2022年10月19日付「これからの労働時間制度に関する検討会報告書に対する意見書」、2023年2月8日付「裁量労働制の適用拡大に反対し、規制の強化を求める声明」、2023年3月22日付「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方に関する意見書」等。