公益通報者保護法改正法案に対する声明

2025/5/7

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公益通報者保護法改正法案に対する声明

2025年5月7日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木 亮

 現在、第217回国会にて、「公益通報者保護法の一部を改正する法律案」(閣第32号。以下、「本改正法案」という。)が審議されている。

 本改正法案は、フリーランスを公益通報者に含め、フリーランスが公益通報したことを理由とする業務委託契約の解除その他不利益な取扱いを禁止すること、通報後1年以内の解雇及び懲戒を公益通報を理由としてなされたものと推定する立証責任の転換、事業者に対する取締りの強化及び厳罰化など、公益通報を行った労働者の保護を進めるものとして、一定程度評価できる。

しかしながら、未だ、公益通報者保護の観点より、不十分な点も残されている。以下、特に重大な点について指摘する。

 第一に、立証責任を転換する措置が、解雇及び懲戒に限られている点である。

法5条は、事業主が、公益通報を行った労働者に対し、「公益通報をしたことを理由として」、不利益な取扱いを行ってはならないとしているところ、実務上、「公益通報をしたことを理由」とするものといえるかが強く争われている。

この点、本改正法案の上程に先立ち、2024年12月27日、消費者庁に設置された「公益通報者保護制度検討会」が発表した「公益通報者保護制度検討会報告書」(以下、「報告書」という。)は、解雇及び懲戒について立証責任を転換すべき理由について、以下のように指摘する。

すなわち、現行法上、不利益取扱いが「公益通報をしたことを理由」とするものであることの立証責任は労働者が負っている。労働者が使用者の動機を立証することは困難である上、情報や証拠資料が使用者側に偏在していること等から、以上の立証責任は、労働者に高いハードルとなっており、公益通報を躊躇させる大きな原因となっている(以上、報告書24~25頁)。

かかる改正の趣旨は、解雇及び懲戒のみならず、配転、減給等の他の不利益取扱いにも共通するところである。

報告書も指摘するとおり、実務上、たとえ真の動機は「公益通報を理由とする」ものであったとしても、使用者は形式的な処分理由を整えてくることが通常であり、労働者がかかる形式的な処分理由を排斥し、真の処分理由を立証することは極めて困難である。実務上も、労働者の立証が奏功せず、敗訴してしまった事例も少なくない。実際、控訴審で労働者が逆転勝訴しているオリンパス事件〔一審〕・平成22年1月15日労判1035号70頁においても、「被告会社が原告の通報を理由に、本件配転を命ずることは考えにくい。」として、労働者の主張は排斥されている。

報告書は、立証責任を転換する措置を限定する理由について、労働訴訟実務上、解雇や懲戒については、労働契約法16条及び15条により、事実上、事業主(使用者)に重い立証負担が課されていること、配転など解雇及び懲戒を除く不利益な取扱いについては、そのような規定はないことを挙げている(同27頁)。

しかしながら、「公益通報をしたことを理由」として行われる不利益取扱いは、解雇や懲戒のみではなく、減給(パチンコ店経営会社A社事件・横浜地判令和4年4月14日労判1299号38等)や配転(オリンパス事件〔控訴審〕・東京高判平成23年8月31日労判1035号42頁、トナミ運輸事件・富山地判平成17年2月23日労判891号12頁等)、さらには仕事外しなども横行している。解雇や懲戒については、すでに労働契約法及び判例法理上、比較的厳格な判断枠組みが整えられているが、使用者の権限や裁量に基づくかのように装われる減給や閑職への配転などの不利益取扱いにこそ、立証責任の転換が必要である。

このように考えたとしても、使用者は、他ならぬ自らの判断について、「公益通報をしたことを理由」としたものではないことを主張立証すればよいだけのことである。

だからこそ、実際に、報告書も指摘するとおり、主要先進国においては、通報が法律の保護要件を満たし、事業者(使用者)から不利益な取扱いを受けたことを立証することなど、一定の要件を満たしている場合には、解雇や懲戒に限らず、不利益な取扱いをした理由の立証責任を事業者に転換しているのである(報告書25頁)。したがって、解雇や懲戒のみならず、減給や配転を含むすべての不利益な取扱いについて、立証責任を転換するべきである。

 第二に、公益通報のために必要な資料収集や持出し行為の民事上・刑事上の免責規定を設けていない点である。

現行法上、公益通報として保護されるためには、通報対象事実が生じ又はまさに生じようとしていることについて、通報先によっては、そのように「信ずるに足りる相当な理由」(法3条2号本文)や「個人の生命若しくは身体に対する危害や個人…の財産に対する損害(回復することができない損害又は著しく多数の個人における多額の損害であって、通報対象事実を直接の原因とするものに限る。…)が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当な理由」(同条3号ヘ)が求められていること、および、適切な調査及び是正措置を行われるためには合理的な根拠が必要であることからすれば(消費者庁「逐条解説」「第3条」13頁参照)、労働者が躊躇なく公益通報を行うことができるようするためには、労働者が公益通報のために行う資料収集や持出し行為を免責することが不可欠である。

この点、報告書は、免責規定を設けるよう提言しなかった理由として、企業情報の漏洩のリスクがあり、漏洩した場合、顧客から損害賠償請求やクレームを受けたり、個人情報漏洩等により監督官庁から処分を受ける可能性があるなどと指摘する(報告書14~16頁)。

しかしながら、使用者が、労働者に対し、そのようなことを理由として不利益な取扱いを示唆したり、実際に不利益な取扱いを行うことがあるからこそ、労働者が安心して公益通報をできるようにするためには、資料収集や持出し行為の免責が必要なのである。

また、役務提供先への公益通報(法3条1号)については、通報に対応する「公益通報対応業務従事者」には厳格な守秘義務が課されており(法112条、21条)、行政機関への公益通報(法3条2号)にかかる窓口の公務員も同様である(法13条2項、公益通報者保護法を踏まえた国の行政機関に関するガイドライン(外部労働者等からの通報)、公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(外部の労働者等からの通報))。このように、法制度上、公益通報の過程において企業情報が漏洩しないよう一定の体制が整えられている。

そうである以上、より労働者が安心して公益通報を行うことができるようにするため、公益通報のために必要な資料収集や持出し行為の民事上・刑事上の免責規定を設けるべきである。

 以上、公益通報を行った労働者の保護を進めるため、当弁護団は、国会に対し、改正法案の内容を修正するよう求める。

以上